新聞記事富山新聞(H14年12月16日)

『芸 わが半生』
四十谷 隆司(あいたに たかし)さん
クラシックギター

音楽の「気高さ」伝える

 「音楽とは気高いものです」。
 富山市にギター教室を開いて二十三年。富山のクラシックギター界の第一人者はいつくしむように語る。
 毎年十二月に開く教室の発表会には五十人近い生徒が成果を披露する。曲目にはソルの「グランソロ」など難曲もあるが、全員が最後まで弾きとおす。ひけつは発表会の前に数人ずつ集まって開くミニコンサートだ。
 「前もって“あがる”状態を経験させ、指が震えても弾きとおせるようにするんです」。
 全国の学生コンクールで入賞する人も出始め成果を実感している。
 四十谷さんがギターにひかれたのは中学生のころ。富大では仲間とクラシックギター研究会を創設。富山のクラシックギターの草分け、中田照二氏に指導を受けた。
 そのころ富山を訪れた日本ギター界の重鎮田部井辰雄氏の演奏に衝撃を受ける。
 「この人の弟子になろう」。就職も田部井氏の住む宇都宮に通えるよう東京のギター商社を選んだ。通ってすぐ田部井氏からギターの道を勧められた。嬉しかったが迷いがあった。「遅くギターを始めた自分でもいい演奏ができるようになれるだろうか」。
 迷いを吹っ切ったのが二十世紀を代表する巨匠セゴビアを聴く欧州旅行だった。圧倒的に訴えかける力、高齢になっても進化を続ける姿に、四十谷さんは希望を見出した。帰国後、会社を辞し、三年間、田部井氏の元で研さんを積み、二十七歳で帰郷。富山で教室を開き、積極的なリサイタル活動を行なった。

バッハ作品の編曲に挑む

 現在取り組んでいるのはバッハの無伴奏バイオリンパルティータ第1番。ギター用に編曲して発表する。
 「バッハはライフワーク。演奏しながらその偉大さに感動する」。
 ギター演奏に生かすため、ビオラ・ダ・ガンバというチェロに似た古楽器にも挑んでいる。バッハとその周囲の音楽をより深く捉えたいという情熱ゆえである。
 「ようやく自分の方向をつかみつつある」。銘器ハウザー2世を手に柔和な笑みをたたえた四十谷さんの表情の下に、静かな確信が宿った。
 富山市五福9区、四十谷ギター学院主宰。50歳。

(以上原文引用)